研究成果ハイライト
2020.01.10 光渦が創る螺旋ファイバー:光は化学反応を捩じる
(a) 光渦が創る螺旋ファイバー。(b) 2次光渦が創る分岐螺旋ファイバー。スケールバーは20µm。(c)(d)数値シミュレーションで再現した1次光渦と二次光渦が創る螺旋ファイバー。
尾松 孝茂
(計画研究A04班:千葉大学)
螺旋波面を有する光を総称して光渦と呼ぶ。光渦は螺旋波面に由来する軌道角運動量と円環状の強度分布を持つ。波面の螺旋度、軌道角運動量の大きさはトポロジカルチャージℓを使って記述できる。モノマーあるいはオリゴマーからなる光硬化性樹脂に光を照射すると、ラジカル生成・モノマーのラジカル反応・架橋反応(光重合反応)が起こる。一般に、光重合反応でできた構造体の屈折率は重合前に比べて高い。そのため、構造体自身が光を閉じ込める光導波路の働きをして、集光点から光の進行方向に向かってファイバー状の構造体が成長する。
われわれはセントアンドリューズ大学Kishan Dholakia教授の研究グループとの共同研究で、光硬化性樹脂(NOA63)が入ったセル中に光渦(波長405 nm)を集光すると、光渦の軌道角運動量が光重合してできたファイバーに作用して、螺旋ファイバーができることを発見した。ファイバーの捩じれの向きは完全に軌道角運動量の符号と対応しているので、右回り、左回りの螺旋ファイバーを100%作り分けることができる。この螺旋ファイバーは、物理的には3次非線形媒質中を伝播する光渦の空間ソリトンと等価だとみなせる。また、高次光渦をセル中に入射すると、光重合でできたファイバーは捩じれると同時に分岐しはじめる。ファイバーの分岐数は高次光渦のトポロジカルチャージと一致する。このような、分岐ファイバーは高次光渦モードを複数の1次光渦へと変換するモードコンバーター(一般に光ランタンと呼ばれている)として、空間光多重通信用素子の一つとして活用できる可能性がある。
世界の光渦研究の趨勢は依然として超解像顕微鏡・空間多重光通信・量子光学に限定されている。光渦の軌道角運動量を積極的に物質操作に活用する研究は我が国のオリジナル研究と言っても過言ではない。「光渦による物質操作」が今後大きな潮流として成長することを期待したい
(1) T. Omatsu, K. Miyamoto, K. Toyoda, R. Morita, Y. Arita, and K. Dholakia, Adv. Optical Mater., 2019, 7(14), 1801672.
(2) J. Lee, Y. Arita, S. Toyoshima, K. Miyamoto, P. Panagiotopoulos, E. M. Wright, K. Dholakia, and T. Omatsu, ACS Photonics, 2018 5, 4156–4163.
2020.01.07 光圧誘起結晶化における分子集団挙動の可視化
図1 (a)上図が光圧結晶化における光学顕微鏡像、下図がPIDによる解析結果。19分で結晶の析出が顕在化している。(b)集光点より結晶が析出する様子。
杉山 輝樹
(計画研究A04班:奈良先端科学技術大学院大学)
花崎 逸雄
(2017-18公募研究代表者:東京農工大学)
我々のグループでは、集光レーザーの光圧を用いた結晶化の研究を精力的に進めており、これまでに不飽和溶液からの結晶化、多形制御、キラル結晶化におけるエナンチオ制御等に成功している。本手法の特徴の一つとして、蒸発法などの一般的な結晶化手法とは異なり、結晶の析出する場所が1マイクロメートル程度の集光点に空間的に制限されていることが挙げられる。この特徴を生かし、レーザー照射中に集光点及びその近傍をリアルタイムに観察することにより、これまで困難であった結晶化のダイナミクスやメカニズムを理解することが可能になると期待されてきた。しかしながら、結晶が析出する前の分子やクラスターのサイズは、CCDカメラなどで直接観察するにはあまりにも小さく、その動的挙動を追跡することは極めて困難であった。そこで本研究では、花崎が開発したParticle Image Diffusometry (PID)を用いることにより、光圧誘起結晶化が始まる直前までの分子の動的挙動の直接観察を行った。 光圧をL-フェニルアラニンの溶液に作用させることにより結晶化を行い、集光点から結晶化が誘起されるまでの動画データをPIDにより解析した。その結果、L-フェニルアラニンのクラスターが、光圧により結晶化が誘起される前から、空間的にも時間的にも不均一なパターンを形成することが分かった(図1)(1)。顕微鏡の観察領域は一辺が60 μm程度であり、クラスターが濃度や時間経過に依存して観察領域全体に広がっていたり焦点近傍に集中したりすることが分かった。これらの結果は、集光点で光圧によりクラスターが形成され、そのクラスターが集光点近傍に広がっていくとする我々のこれまでの結果を実験実証したことを示している。今後は、本手法を多形現象、キラル結晶化現象へと展開することで、本手法のさらなる高いポテンシャルを実証したいと考えている。
(1) I. Hanasaki, T. Sugiyama et al., J. Phys. Chem. Lett., 2019, 10, 7452.
2020.01.07 光ピンセットを用いて雲粒の発生過程を光学顕微鏡下で観測
図1 光ピンセットを用いて、海塩粒子を足場とした雲粒の発生過程を再現
石坂 昌司
(公募研究A04班:広島大学)
空気中の水蒸気が水滴へと相転移するためには、その足場となる凝結核が必要です。大気中に浮遊する微粒子(エアロゾル)は、雲の凝結核としての役割を担っています。エアロゾルの化学組成は大変複雑であるため、エアロゾルと雲の相互作用は、気候変動予測における最大の不確定要素です。例えば、海水由来の塩化ナトリウムは、大気中を輸送される間に硝酸と反応し、NaClとNaNO3の混合エアロゾルを形成することが知られています。このような多成分の無機エアロゾルの吸湿性に関する知見は、雲の形成を理解する上で大変重要です。海面から大気中に放出された微小な水滴は、蒸発に伴い溶質濃度が過飽和となり、結晶化を経て固体微粒子を生成します。過飽和水滴は固体表面と接すると直ちに結晶が析出してしまうため実験的な取り扱いが大変難しく、エアロゾルの風解挙動を理論的に予測できる一般的なモデルは存在しません。光ピンセットを用いて微小液滴を空気中に非接触で浮遊させると、核発生の足場を提供する固体表面の影響を受けないため、過飽和溶液を長時間安定に保持することが可能です。しかしながら、液体から固体へ相転移した際に、微粒子の形態が球形から大きく逸脱し、放射圧のバランスが崩れてしてしまうため、微粒子の捕捉を維持できないことが大きな課題でした。最近、研究代表者らは、多成分無機エアロゾルは、多段階で相転移が起こるため、形状が球形から大きく逸脱しないことに着目し、光ピンセットを用いて空気中に海水のモデル水滴を浮遊させ、相対湿度を可逆に制御して、水滴が結晶化し再び水滴に変化する過程を光学顕微鏡下で観測することに世界で初めて成功しました(図1)。
微小液滴を空気中に浮遊させ、固体表面との接触を排除すると、ビーカーやフラスコを用いた実験では実現不可能な、熱平衡下とは異なる化学過程を進行させることができると期待されます。我々は、光ピンセットで気相中に液滴を浮遊させ、無容器の液/液界面反応場を実現する研究を実施しています。
(1) S. Ishizaka et al.,Bull. Chem. Soc. Jpn., 2020, 93, 86-91.
2020.01.06 単一ナノ微粒子を用いてナノ空間に円偏光を発生
図1 金ナノロッド(水平に配置,図中に実線で表示)に局在した直線偏光(偏光方向を矢印で表示)を照射したときの散乱光の偏光度g(完全な左右円偏光で±2の値となる)のイメージ。
岡本 裕巳
(計画研究A02班:分子科学研究所)
円偏光は光の電場と磁場が,時間とともに円を描いて回転するもので,回転の方向によって左回り円偏光と右回り円偏光がある。分子やナノ物質の分析・解析などの研究現場で用いられる他,ディスプレイや光通信等への応用が考えられ,実用化されている技術もある。通常の(局在せず伝搬する)円偏光を発生させるには,1/4波長板という光学素子がしばしば用いられる。今回の我々の研究では,ナノ構造物質を用いた偏光制御法で,ナノスケールの局所空間で円偏光を発生させることができ,また左回りと右回りを容易に切り替えることもできることを明らかにした。
金属ナノ構造体に光を照射すると,その構造と入射光の波長・偏光条件に依存して,ナノ構造体周辺に局所的に強くねじれた円偏光場が生じる場合があり,我々の過去の研究ではそれらを近接場光学イメージングにより可視化した。この測定原理を逆に利用することで,局所的な円偏光場を発生・制御することが可能である。金ナノロッドに,ナノ空間に局在した直線偏光を照射し,遠方に散乱される光の偏光状態を解析した。ロッドの中心を局所的に照射した場合,照射する偏光がナノロッドと平行または直交の場合には,円偏光は発生しない。一方,照射する偏光の方向がロッドの軸から傾いた場合には,右または左回りに強く偏った楕円偏光(円偏光成分と直線偏光成分をもつ光)が生じ,円偏光成分の右回りと左回りは入射偏光の傾きの方向で制御できることがわかった(図1)。モデル解析の結果はこれを再現し,またこの実験配置と相反関係にある光学配置,即ちロッドに遠方から直線偏光を照射した場合にも,その偏光角に応じて左右円偏光が局所的に発生することが示された。同様に様々な金属ナノ構造に直線偏光照射することで,局所的に強くねじれた偏光場が発生すると考えられる。この原理は溶液中の結晶核生成におけるキラリティ誘導に利用可能と考えられるほか,キラル物質の光操作による配置への展開や,ナノ光学への様々な応用が考えられる。
(1) S. Hashiyada, T. Narushima, H. Okamoto, ACS Photon., 2019, 6, 677.
2019.12.31 蛍光ナノダイヤモンド粒子を用いた非線形光誘起力の検証
図1 蛍光ナノダイヤモンド粒子の蛍光(a)および光照射によって生じる運動:実験装置(b)および観測結果(c)
熊倉 光孝
(計画研究A02班:福井大学)
ダイヤモンド中に存在するNVセンターは、基底状態のスピン緩和時間が非常に長く、電子状態が外部環境から孤立していると見做すことができる。また、ダイヤモンドは温度上昇にも強く、光励起による蛍光の消光も非常に小さい。本研究では、このNVセンターを多数内部に包含したナノダイヤモンド微粒子を利用して、計画研究A02で目標とする非線形効果を利用した新たな光マニピュレーション手法の開拓・検証を試みている。500個以上のNVセンターを含む直径90 nm程度の蛍光ナノダイヤモンド微粒子は、粒子全体で強い蛍光を発し〔図1(a)〕、単一粒子でも通常のCCDカメラで運動の追跡が可能である。多数のNVセンターを含むことから、波長532 nm付近のレーザー光照射下では、共鳴吸収の反跳による力が非共鳴な光散乱によって生じる通常の散乱力と同程度と見積もられ、共鳴効果による力を有意に観測することができる。また、強い蛍光を示すことから、誘導放出による反跳で生じる力も同様に観測可能と期待される。我々は、現在、常温の液体および気体中で、この蛍光ナノダイヤモンド粒子1個の運動を観測できることを確認し〔図1(b),(c)は液体中での観測例〕、共鳴光および誘導光の入射による粒子のマニピュレーションを試みている。
2019.12.16 光圧を用いたナノ領域における分子の光濃縮に成功
図1 本研究における電気化学電位操作による吸着分子種制御の概念図:
村越 敬
(計画研究A03班:北海道大学)
光圧により物質を操作する技術は古くから知られていますが、光のサイズは分子のそれと比べて非常に大きいために光の力で分子を操作することは容易ではありません。しかし近年、金属ナノ構造を用いると光のエネルギーをナノ空間に局在化させ、ナノの光源を得られることが明らかになっており、ナノ光源による分子操作技術が注目を集めています。我々の研究グループでは、電気化学手法や、表面増強ラマン散乱観測手法を積極的に用いることで、ナノ光源に対する物質の光応答の精密な制御を目指して研究を行ってきました。本新学術領域においては、さらなる系の発展を目指して、ナノ光源による光圧を利用して、固液界面における分子運動の制御を目指しています。これにより、これまで実験的な実証がなされていない一分子レベルでの分子操作が実現し、化学分野において究極ともいえる分子操作による化学反応制御といった技術の実現が期待されます。
本研究では、電気化学電位を制御した金属ナノ二量体構造を用い、二種類の構造異性体分子を溶解させた溶液中において、表面増強ラマン散乱観測を行いました。その結果、電気化学電位を可変とすると、金属ナノ構造表面への吸着分子を任意に制御できるが明らかになりました(図1)。さらに興味深いことに、光照射時間の経時変化に伴い、特定の分子が徐々に局所場において濃縮されている様子を観測しました。この結果は、光と強く相互作用する分子が、局所光電場空間内に働く光圧の影響を受けてその表面拡散挙動に変調がもたらされた結果、通常では形成しえない特異な物質相が形成したものと推察されました。
以上の研究を通して、光圧による分子の表面拡散挙動の変調と、それによる新たな物質相形成の可能性が初めて示されました。今後は、本系をさらに発展させ、一分子レベルでの分子操作技術の確立に向けてより詳細な検討を行う予定です。尚、本成果に関しては、本学のプレスリリース記事においてもその詳細が閲覧可能であるので、そちらも参照されたい(URL: https://www.hokudai.ac.jp/news/research/)。
(1) K. Murakoshi et al., J. Phys. Chem. C, 2019, 123(40), 24740.
2019.01.06 積層型ナノギャップ金構造によるプラズモン減衰時間の制御
図1 (a) 積層型ナノギャップ金構造の電子顕微鏡像、(b) FDTDシミュレーションによる位相情報、(c) 積層型ナノギャップ金構造のプラズモン自己相関関数
上野 貢生
(公募研究A03班:北海道大学)
金や銀などの金属のナノ構造は、光と相互作用することにより局在型表面プラズモン共鳴を示し、高い光電場増強効果を誘起する。この光電場増強効果は、金属ナノ構造近傍に存在する分子/物質系と強く相互作用し、長波長近似の破綻に基づいて禁制遷移が励起されたり、強結合により電子状態が変調されたりすることから、新しい光化学研究への展開も期待されている。本新学術領域では、ナノギャップを有する金属ナノ構造の急峻な電場勾配を利用して、光圧によるナノ物質の捕捉が実現されている。より高効率に光圧を誘起するためには、光を強く閉じ込める金属ナノ構造の設計・構築が不可欠である。本研究では、ナノギャップ形成に基づく空間的な光閉じ込め効果だけではなく、ダークプラズモンモードを利用してプラズモンの減衰時間を制御し、時間的な光閉じ込め効果が光電場増強に与える影響を明らかにした。
電子線リソグラフィ/ドライエッチングにより、図1(a)の電子顕微鏡像に示す金/アルミナ/金の3層からなる積層型ナノギャップ金構造体を作製した。遠方場において積層型ナノギャップ金構造の反射スペクトルを測定したところ、ある特定の波長においてスペクトルに凹みが生じた。一方、多光子光電子顕微鏡により近接場スペクトルを測定したところ、反射スペクトルの凹みの波長において単一のピークを示し、高い光電場増強が観測された。FDTDシミュレーションを行ったところ、図1(b)に示すように上下の構造間の近接場相互作用により逆位相のプラズモン共鳴モード(ダークモード)が誘起されていることが明らかになった。
時間分解光電子顕微鏡によりプラズモンの減衰時間を測定したところ、10.5 fsと見積もられ(図1(c))、金ナノブロック構造の3.5 fsに比べて3倍減衰時間が長くなった。また、プラズモンの減衰時間を上下の構造間の相互作用の度合いにより制御できることを明らかにした。この時間的な光閉じ込め効果により、高い光電場増強が誘起されることが示され、光圧による高効率な物質捕捉が期待される。
(1) K. Ueno, J. Yang, H. Misawa et al. , Appl. Mater. Today, 2019, 14, 159.
2019.01.06 金属ギャップにおける近接場光と単一分子の相互作用の可視化
図1 (a)実験の模式図 (b)試料のSTM像 (c)分子模型と単一分子のSTM像 (d)探針位置を変えながら測定したSTM発光スペクトル。
今田 裕
(公募研究A01班:理化学研究所)
金属微細構造に光を照射すると、金属内の自由電子の集団振動(プラズモン)が引き起こされ、微細構造近傍の数nmの領域に局在した電磁場(近接場光)が誘起される。近接場光は物質との相互作用が伝播光とは大きく異なり、その特性が利用され、近接場光学顕微鏡や近接場光化学、増強ラマン散乱分光などの応用研究が盛んに行われている。本新学術領域でも、ナノ物質の光マニピュレーションを実現することを目的として、金属微細構造の近傍に局在する近接場光が多様な実験系で用いられている。その一方で、近接場光自身を精密に調べるには、近接場光の大きさよりも十分に小さい原子スケール(0.1 nm程度)の空間分解能をもつ顕微鏡を用いる必要があり、実験技術的な困難さから未解明の問題が多く残されている。
私たちの研究グループでは、原子分解能をもつ顕微鏡である走査トンネル顕微鏡(STM)と光照射・光検出を組み合わせた光STM技術を独自に開発し、STM探針と金属基板の間に局在する近接場光を用いた単一分子レベルの研究を展開してきている。本新学術領域のターゲットの一つである、分子の光マニピュレーションの実現や効率化に資する事を目的として、近接場光と単一分子の相互作用を詳細に解析し報告を行った(1)。
実験に用いたフタロシアニン分子は、二回対称を持つ平面分子であり、分子面内では2 nm四方程度の大きさである。単一分子に対して、近接場光の位置を変えながら測定した、近接場光からの光放射スペクトル(STM発光スペクトル)を図に示す。距離依存性から、近接場光の面内の空間的な広がりに関する情報を原子レベルの精度で得る事に成功した。
(1) H. Imada et al, Phys. Rev. Lett, 2017, 119, 013901.
2019.01.06 光圧によるナノ小胞の高効率捕集
図1 レーザー光の焦点に小胞が集まる様子
図2 金ナノ粒子による捕集時間の短縮
金田 隆
(公募研究A04班:岡山大学)
生体細胞が放出するナノメートルオーダーの小胞は、細胞外小胞と呼ばれ、生体内の機能制御や情報伝達の役割を担っている。特に近年、がん細胞が放出する小胞は、がんの転移機構に関わっており、また、分子マーカーとしても利用できる可能性がある。この微小小胞を効率よく捕集し、極微量で分析できる技術を確立することは、がんの診断、治療に貢献する技術となる。そこで私たちは光によって生ずる力、光圧を活用して、唾液や尿、血液などの生体流体に放出された微小小胞を効率的に集める方法の開発に取り組んでいる。
光圧による微小小胞捕集の原理を実証するために、リン脂質からなる小胞(リポソーム)が光圧により捕集できることを示した。リポソームを懸濁した溶液をガラス基板に挟み、そこにレーザー光を集光して照射すると図1に示すように小胞がレーザー光の焦点に集まる現象を確認した。さらに小胞を含む溶液に金ナノ粒子を添加すると、捕集時間は顕著に減少し、10倍以上の速度で小胞が捕集できることを発見した(図2)。この捕集時間の減少は、金ナノ粒子がレーザー光を吸収することにより発生する熱による対流と金ナノ粒子と小胞との相互作用による散乱力増加のふたつの要因が考えられる(1)。この機構解明についてはさらなる研究が必要である。
私たちの研究で目指す光圧の実用的な応用は、本新学術領域の実用的な応用を目指す研究のひとつである。本新学術領域では多くの興味深い材料が開発されており、それらの材料を活用した共同研究により新しい応用分野を開拓できると期待している。
(1) M. Kuboi, N. Takeyasu, T. Kaneta, ACS Omega, 2018, 3, 2527–2531.
2018.12.29 半導体量子ドットの緩衝気体中への分散 ・ 孤立化
図1.量子ドットの分散・孤立化、分光測定
熊倉 光孝
(計画研究A02班:福井大学学術研究院工学系部門)
数nmサイズの微粒子である半導体量子ドットは、光学特性がサイズや表面状態によって変化することが知られている。化学的結晶成長法などによって生成される多くの量子ドットには、様々なサイズ・光学特性を持つ粒子が混在しており、その中から特定の光学特性を持つ粒子だけを選別・集積化することができれば、高い効率やコヒーレンスにもとづく新しい光学素子への応用が期待できる。本研究では、特に量子ドットの気相中への分散・孤立化を実現し、単一量子ドットの本来の光学特性を探るとともに、光圧を利用して量子ドットの選別を行うことを目標としている。
量子ドットを破壊せずに単一粒子として気相中に分散させるため、本研究では量子ドットを含む溶液を液滴として気相中に分散し、液滴から溶媒を蒸発させる手法の開発を試みている(図1)。試料はCdSe/ZnS などのコア-シェル型量子ドットや名古屋大学鳥本研究室で新たに開発されたZnS-AgInS2(ZAIS)量子ドットなどで、これらを有機溶媒で希釈し、超音波振動子を利用したメッシュ式噴霧器や回転メッシュ式のクラスター発生器などを用いて粒径5 µm程度の液滴あるいは10~100 nm程度のクラスターとして乾燥窒素中に分散させる。生成した液滴の運動を散乱光のイメージングによって観察するとともに、量子ドットの蛍光スペクトルを観測して量子ドットの状態変化もモニターしている。50℃程度に容器を加熱するとともにCO2レーザーによる加熱なども行って溶媒の蒸発を促進し、蒸発した溶媒を液体窒素トラップで除去することによって、緩衝気体中に量子ドットを孤立させる。この孤立量子ドットからの蛍光は約1分程度で消失することなどが分かってきており、現在、光励起や表面状態の変化に強い量子ドットの探索とともに、緩衝気体の冷却や、粒子分布の運動観察などに向けて新たな装置開発を進めている。
2018.12.07 レーザー誘起熱泳動を用いたナノ粒子流制御
図1 狭小マイクロ流路におけるレーザー誘起熱泳動を用いたナノ粒子流制御.t =0 sから,レーザーを紙面奥行き方向に照射する。
川野 聡恭
(計画研究A01班:大阪大学基礎工学研究科)
ナノポアDNAシークエンサーに代表される先端バイオ・医療デバイス開発において,Nano- microfluidics技術は高感度検知・識別機構として期待されている。しかし、検出部分となる狭小流路部における精密かつ選択的なナノ粒子操作は困難であり、収率や粒子識別能の向上における課題となっている。我々の研究グループでは、温度勾配に沿った粒子運動である熱泳動が高い粒子選択性を有することに着目し、Nano- microfluidicsにおける熱泳動駆動のナノ粒子流操作を検討してきた(1)。本新学術領域ではさらなる発展形として、光圧操作における熱の発生すなわち光熱変換を制御し、熱泳動に対する光照射の影響を抑制あるいは利導する基盤技術を整備する。これにより新たなナノ物質操作技術を開拓し、先端バイオ・医療デバイス開発が抱える、ナノ粒子流の精密かつ選択的制御における困難を解決する。
本研究では、水の吸収による光熱効果を利用したレーザー誘起熱泳動とNano- microfluidics技術の統合を目指す。狭小部を有するマイクロ流路に直径100 nmの蛍光ポリスチレンナノ粒子を導入し、狭小部入口にレーザーを照射する。また、圧力駆動流れが狭小部に向かって生じている(図1・上段).レーザー照射による光熱効果の結果,狭小部近傍には大きな温度勾配(~ 106K m-1)が形成される。流路形状により流体は制限された空間に閉じられているため、熱対流の効果はほぼ無視することができ、熱泳動の効果のみが卓越する実験条件となっている。レーザー照射部の局所温度上昇により粒子には狭小部から遠ざかる熱泳動力が働き、流体抵抗と熱泳動力の釣り合いによりリング状のパターンが生じる(2)。レーザー照射を停止すると再びナノ粒子は狭小部に流入するため、このナノ粒子流制御により、粒子流スイッチングや、狭小部内粒子速度・通過頻度のコントロールが可能である。
(1) T. Tsuji, Y. Saita, and S. Kawano, Phys. Rev. Appl., 2018, 9, 024035.
(2) T. Tsuji, Y. Sasai, and S. Kawano, Phys. Rev. Appl., 2018, 10, 044005.
2018.11.28 光熱効果の影響を除去した光圧測定法の開発と単一量子ドットに働く光圧の測定
図1 金薄膜表面上のInP半導体量子ドットの(a)AFM像と(b)光誘起力像。走査範囲:100nm2。
菅原 康弘
(計画研究A01班:大阪大学大学院工学研究科)
高い力検出感度と高い空間分解能を持つ原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、表面に存在するナノ物質を確認しながら、ナノ物質に働く光圧(光誘起力)を高感度・高分解能に測定することを目指した。周波数fmで強度変調したレーザ光をナノ物質に照射し、探針(カンチレバー)に働く力の変調周波数(fm)成分を測定する方法では、ナノ物質とAFMの探針の両方にレーザ光が照射されてしまうため、光誘起力だけでなく、光熱効果によるカンチレバーの熱振動によるみかけの力も一緒に検出されてしまう。そのため、光熱効果による見かけの力をと光誘起力を分離測定する方法の開発が必要不可欠である。そこで、光熱効果による見かけの力を除去し、光誘起力だけを分離測定する方法として、ヘテロダイン技術(周波数変換技術)と周波数変調(FM)法に基づく方法(ヘテロダインFM法)を開発した [1,2]。この方法では、カンチレバーの1次の共振周波数をf1とすれば、周波数2f1+fmで強度変調したレーザ光をナノ物質に照射し、カンチレバーの1次の共振モードの周波数シフトの変調周波数(fm)成分を測定する。ばね定数が小さい1次の共振モードを利用するため、光誘起力に対する検出感度が向上する。また、FM法を用いるため、高感度に力検出が可能となる。
ナノ物質として量子準位を有する量子ドットを取り上げ、光誘起力を高分解能に測定できるかどうかを検討した。図1(a)(b)は、それぞれ、金薄膜表面上に吸着させたInP半導体量子ドットのAFM像と光誘起力像である。この結果より、量子ドットに働く微弱な光誘起力を高分解能に検出できることが分かった。
(1) J. Yamanishi, Y. Naitoh, Y. J. Li and Y. Sugawara, Appl. Phys. Lett., 2017, 110, 123102.
(2) J. Yamanishi, Y. Naitoh, Y. J. Li and Y. Sugawara, Phys. Rev. Appl. 2018. 9, 024031.
2018.11.27 金属ナノ構造周辺の強くねじれた光の場
図1 (上)近接場偏光解析計測の概念図。上から導波路に沿って直線偏光が入射して開口から試料(金ナノ構造)を照射し,散乱光の偏光状態を計測する。(下)ロッド状金ナノ構造の楕円率角ηによるイメージ (1)。
岡本 裕巳
(計画研究 A02班:分子科学研究所)
ある物質の構造が,それを平面に対して反転した鏡像体と重ならない(同一とならない)構造を持つ時,キラルであるという。多くの分子はキラルな構造を持ち,その鏡像に相当する構造を持つものを対掌体(又は鏡像異性体)という。光にもキラルな光があり,その典型が円偏光である。円偏光は,電場が螺旋構造を持つ「ねじれた」光で,右回りと左回りの円偏光がある。キラルな物質は,右回り円偏光と左回り円偏光に対して異なる応答を示すので,円偏光を用いてキラルな物質を操作すると,対掌体で異なる制御を実現する可能性がある。さらに,光の強度や円偏光の度合いが空間的に一様でない構造を持つと,キラルな物質の配置を制御する操作も視野に入る。
今回我々は,ナノメートルの空間分解能を実現する光学顕微鏡である近接場光学顕微鏡を用いて,金属ナノ構造周辺の局所的な円偏光の場の構造を可視化した。今回の測定においては特に,キラルでない(アキラル)金属ナノ構造体にアキラルな光である直線偏光を照射した場合でも,強くねじれた円偏光の場がナノ構造周辺に発生することを,実験的に示した。実験では,平面基板に固定された,面内でアキラルなロッド状の金ナノ構造試料を作成し,局所的に直線偏光を照射して,散乱される光の偏光状態を調べる計測を行った。偏光状態は,円偏光の純度を示す量である楕円率角ηで評価した(η=±45°は純粋な左右円偏光,0°は直線偏光に相当)。楕円率角による近接場イメージは,ロッドの周辺に左右円偏光が交互に対称な形で分布することを示した。アキラルな構造に直線偏光を照射したにもかかわらず,周辺には強くねじれたキラルな光の場が発生することを示している。
これらの結果は,金属ナノ構造を設計して適切な条件で光を照射することで,その周囲にキラルな物質を配置する手法を創出する可能性を示唆している。
(1) S. Hashiyada, T. Narushima, H. Okamoto, ACS Photon. 2018, 5, 1486.
2018.11.27 光圧によるタンパク質結晶化
図1 光圧による生成したタンパク質結晶と配向
杉山 輝樹
(計画研究A04班:奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科)
現在多くのタンパク質がタンパク質医薬品として実用化されている。タンパク質の機能はその立体構造に強く依存するため、薬品としての作用機序を理解さらには予期するうえで、結晶中でのタンパク質の立体構造を知ることは必要不可欠である。さらに、その立体構造を知るためには品質の高いタンパク質結晶を作製する必要があるが、一般的にタンパク質の結晶を作製することは容易であるとは言えない。本研究「光圧によるタンパク質結晶化」の成果は、その困難な課題へのブレイクスルーを生み出し、様々なタンパク質結晶の作製及び結晶化の機構解明につながると期待される。
本研究では、集光レーザービームの光圧をタンパク質(ニワトリ卵白リゾチーム)の溶液に作用させた。溶液中のタンパク質は集光点に集まり、タンパク質濃度はレーザー照射とともに増大していく。集光点及びその近傍における蛍光強度の経時変化の結果から、タンパク質の濃度上昇は集光点だけではなく、周辺の領域(現在数ミリメートル程度と推測)にも広がっていることが示された。一方、興味深いことに結晶の析出はレーザー照射中には見られず、レーザー照射を停止した後にのみ観察されることが分かった。さらに、析出した結晶にはその軸方向性にレーザー強度、偏光の依存性があることが分かった(図1)。これらの結果は、光圧により集光点周辺に生成した高濃度液滴(蛍光が増大する領域)が非常に安定であり、且つ異方性を有することを示唆している。さらに析出したタンパク結晶は、同一溶液から光圧を用いることなく得られたものよりも高品質であることが単結晶X線構造解析により明らかとなっている。今後は、本手法をさらに多くの種類のタンパク質、特に難結晶性のタンパク質に応用することにより本手法の高い汎用性とポテンシャルを示すと同時に、制御メカニズムの解明を目指す。
(1) K. Yuyama et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 2018, 20, 6034-6039.
2018.11.26 顕微鏡動画から粒子の追跡に頼らず拡散係数の場を評価する
図1 新開発の顕微鏡動画データ解析法によって明らかになった高濃度非染色ナノ粒子群の空間的に不均一な拡散係数の場.
花崎 逸雄
(公募研究A01班:東京農工大学)
ナノ粒子が受ける光圧を知るための最も基礎となる方法は、顕微鏡動画データからBrown運動する粒子を追跡して軌跡群から力場を評価することである。軌跡群からは拡散係数などもわかる。ただし、動画を構成する個々の画像は露光時間における時間平均であり、粒子が小さいほどBrown運動が激しいので露光時間の影響が大きくなる。露光時間を短くするとしても、カメラの動作にも限界があり、それ以前に粒子像が特定困難となる。一方、蛍光染色できない場合や高濃度の粒子群が分散した流体サンプルに対しては、ナノ粒子の流体中の挙動を定量評価するために動的光散乱法(DLS)が用いられることが多いが、一般的なDLSでは拡散係数の代表的な1つの値が獲得されるものの空間分布を定量評価できない。
本研究成果では、DLSと共通の原理に基づいて光学顕微鏡動画データを統計力学的に解析することによって、追跡に頼ることなく拡散係数場の定量評価を実現した。一例として、水中に非染色の500nmのポリスチレンのナノ粒子が0.1wt%で漂っている状況において、部分的にセルロース・ナノファイバー(CNF)を混ぜて拡散係数に空間的な不均一さを生じた場合の計測データ解析結果を図に示す(1)。光学顕微鏡で得られる像は、目視だけでは粒子の判別自体が難しく、試料内のどこでも同じように見えるが、新しく開発した方法で動画データを解析することにより、不均一な拡散係数の場が明らかとなる。
本新学術領域では、光圧によるナノ物質操作と秩序の創生がつながる必要がある。分子レベルで秩序を創生する実験においては蛍光染色できない場面も多く、また、秩序の創生に際して高濃度の状況を扱うため粒子を追跡できない場面も多い。しかし、粒子追跡できる条件での知見を演繹することだけでは、秩序構造の形成に関する光圧の役割を明らかにする上で画竜点睛を欠くことになる。本成果は、粒子追跡できない高濃度や非染色の秩序形成現象の顕微鏡動画から現象の謎を定量的に読み解くことにより、一粒子追跡で得られる範囲の知見とつながるメカニズムの解明により本領域に貢献できる。
(1) Itsuo Hanasaki and Yuto Ooi, AIP Advances, 2018, 8, 065014.
2018.08.22 ナノ粒子を金ナノ空隙にホールインワン
図1 金のナノ空隙に発光分子のナノ粒子を非接触にワンステップで捕集・固定した写真(三角形の一片は250ナノメートル)
笹木 敬司
(計画研究A03班:北海道大学電子科学研究所)
我々のグループは,深港グループとの共同研究で,金のナノサイズ空隙(すきま)にナノ粒子を非接触で捕集してワンステップで配置・固定する新技術を開発した。本技術は,まず,ナノサイズの金の空隙を最先端微細加工技術により作製する。この金ナノ空隙構造は超集光レンズの働きを持っており,光を照射するとナノ空隙に絞り込まれ閉じ込められて極めて強い光のスポット(絞り込む前の1万倍以上の明るさ)を形成する。強力なナノ光スポットは,液体中に漂うナノ粒子を引き寄せるのに十分な力(光圧)を発生することができ,ナノ粒子をナノ空隙に非接触で捕集することが実現できた。さらに,光の照射で温度が上昇した金ナノ空隙構造は,光圧で捕集したナノ粒子をわずかに溶かして接着し固定することを可能とした。今回の実証実験では,深港豪准教授の研究グループが作製した極めてよく光る有機分子のナノ粒子を金のナノ空隙にワンステップで捕集・配置・固定することに成功した(図)。電子顕微鏡で観察したところ,金のナノ空隙にナノ粒子が固定されており,この分子特有の色をした強い光を発することが確認された。
光る分子のナノ粒子を金属のナノ空隙に配置すると発光が増強される効果が報告されており,本技術によりナノサイズの強力な光源を開発することができる。また,ナノ空隙を周期的に配列すると,超放射と呼ばれる光の波が揃う現象が起こり,さらに強力な発光源としての応用が期待される。分子の数を減らせて1個の分子をナノ空隙に捕集・固定することが実現できれば,単一分子エレクトロニクス素子の作製や,分子の量子特性を利用した光量子情報処理・通信デバイスとしての応用も可能である。また、極微量の分子・ナノ粒子でも捕集してナノ空隙の強力な光スポットで分析することができるため,超高感度分子センサーとしての実用化も期待される。
(1) C. Pin, T. Fukaminato, K. Sasaki, et al., ACS Omega, 2018, 3, 4878-4882.
2018.07.25 新規光-物質相系における分子動的挙動制御
図1 電気化学手法を導入した強結合状態における分子光運動制御の概念図(1)。
南本大穂、村越 敬
(計画研究A03班:北海道大学大学院理学研究院)
光エネルギーと分子の励起状態が電子的に強く相互作用することで形成する強結合状態では、系の吸収波長域の広域化による光の有効利用が実現する。このことは、強結合形成下におけるキャビティ内光分子補足技術の実現に向けて重要な事実と言える。これまでの取り組みによって、金属ナノ構造により誘起するプラズモンのエネルギーを電気化学手法により変調することで、強結合状態の結合強度を緻密に制御可能となるという知見が得られている。色素分子が電気化学的に還元される電位領域では、色素分子の還元に伴う透明化により結合強度が減少する。一方で、興味深いことに、電気化学反応が誘起されない電位領域においては、負電位領域への電位掃引に伴い結合強度が徐々に増加するという挙動が確認された。これは強結合形成下のキャビティ内において、光と分子の電子的相互作用が電気化学電位の変化に依存して増強していることを意味しており、光の運動量をより高効率に分子に付与する系の実現を期待させる結果である(1)。
より詳細な分子運動状態の理解を求めて、同系中の分子を電気化学表面増強ラマン散乱により評価する試みにも取り組んでいる。現在までに、結合強度が増大する電位領域において、分子と金属表面間の距離が電位掃引に伴い変化しているという事実が示された。特に結合強度が最大の電位において、金属―分子間の距離が最小値をとることが明らかとなり、結合強度と分子運動状態の相関が明らかになった(2)。以上の検討により、強結合形成下におけるキャビティ内に存在する分子の光運動制御の可能性が強く支持された。
(1)F. Kato, H. Minamimoto, and, K. Murakoshi et al., ACS Photon., 2018, in press. doi: 10.1021/acsphotonics.7b00841 (2) H. Minamimoto, F. Kato,and, K. Murakoshi et al., Faraday Discuss., 2017, 205, 261
2018.04.30 光トラップによる微小液滴の融合
図1 光トラップにより操作した油滴の融合実験
括弧内は二つの油滴の接触後の時間
金田 隆
(公募研究:岡山大学大学院自然科学研究科)
光圧を利用する光トラップは、微小な物体を操作する技術として知られている。光トラップ法が従来の操作法と異なる大きな特徴は、物体を非接触、非破壊で操作できる点にある。したがって、外部刺激による破壊が起こりやすい生体細胞や生体小胞を取り扱う場合に、有用な手法になるものと期待できる。私たちは微小液滴や細胞内の化学成分を分析するために、光トラップを利用することを目的として、ふたつの微小液滴を独立して操作し、融合させる方法を開発した(1)。
この研究では、水に分散させた有機溶媒(油滴)を、光トラップで操作して融合させることを試みた。有機溶媒の微小液滴を水に安定に分散させるには、有機溶媒表面と水の親和性を高めるために界面活性剤を添加しなければならない。しかし、油滴を界面活性剤で安定化させると、油滴同士を融合させることは困難になる。陽イオン性、陰イオン性、電気的中性な界面活性剤を分散剤として油滴を作製し、これらを融合させる方法について検討した。その結果、静電反発のない電気的に中性な界面活性剤を用い、さらに温度を上昇させて油滴表面の分子運動を活発化させることで、二つの油滴の融合を実現した。温度の上昇とともに、油滴が融合するために要する時間は短縮することが明らかとなり、融合に必要な活性化エネルギーは、4 kJmol-1と見積もられた。
本研究は、微小空間内での化学計測における光圧の有用性を示すものであり、光圧を利用する生体物質分析の発展が期待できるため、本新学術領域の社会的な重要性を示すことに貢献している。さらに今後は、この研究をナノ小胞の捕捉に拡張し、現在、注目されている生体細胞から放出されるエクソソームの捕集に活用する。ナノ小胞が光圧により捕集できることを実証し、髙効率でナノ小胞を捕集するための技術を開発するとともに、それを活用するがん診断法の開発を目指す。
(1) M. Mitsunobu, S. Kobayashi, N. Takeyasu, T. Kaneta, Anal. Sci., 2017, 33, 709–713.
2018.03.20 ナノ流体デバイスと光圧の融合によるナノ粒子の精密配置
図1 ナノ流体デバイス(左)を用いたナノ物質精密操作のイメージ図(右)。
許 岩
(公募班:大阪府立大学大学院工学研究科)
近年、化学・バイオ技術にオーダーシフト革命をもたらすナノ流体デバイス技術(図1右)が注目されている。ナノ流体デバイス内の制御されたナノ流体環境は、物質の可能性を探求し、新しいマテリアルを創造するための前例のない新しい舞台となることが期待される(1)。この舞台において、マテリアルの機能をナノ流路におけるユニークなナノ流体の物理現象・効果と巧みに接合し、同時にマテリアルの特性に直接に影響を与えるナノ流路の極微小空間特徴を十分に活用することより様々な創造性をもたらす。
一方、微小粒子や物質の操作によく利用される光圧は、ナノ物質に働く力があまりに小さく、また環境との相互作用とも拮抗してしまうため、流体環境において光圧だけではナノ粒子の精密操作、配置が困難である。また、我々はfL (10−15 L)ナノ流路内にさらにaL (10−18 L)ナノウェルを配置したNano-in-Nano構造(2)を用いて、ナノ流体環境において個々のナノ粒子のブラウン運動を局所的に制限、抑制できる3Dナノ空間ケージ効果を発見した。このようなNano-in-Nano構造は、バルクでなかなか発揮しにくい小さい光圧の威力を容易に発揮できるようなfL~aL液相空間を提供できると考えられる。 そこで本新学術領域研究では、Nano-in-Nano構造とその3Dナノ空間ケージ効果を利用して、光圧操作とナノ流体力場を融合し(図1)、ナノ流体環境においてナノ粒子の1粒子精度・選別的・複合的な操作と精密な配置に世界に先駆けて成功した。今後、ナノ粒子の配置操作をチップ上で大面積化することに取り組み、さらにナノ物質の分離と精密配置、及び大面積化を一体化にした光圧操作システムを構築していく。
(1) Y. Xu, Adv. Mater., 2018, 30, 1870019.
(2) Y. Xu et al., Lab Chip, 2015 , 15, 1989-1993.
2018.02.02 光圧と光誘起対流の相乗効果によるDNA二重鎖形成の加速
図1 DNAの二重鎖形成の光誘導加速の概念図と理論、実験の成果
飯田 琢也
(計画研究A04班:大阪府立大学理学系研究科/LAC-SYS研究所)
本新学術領域において我々のグループは、多粒子相互作用の選択的制御による構造形成と新現象解明のため、光圧による溶液中でのナノ物質の集団的ダイナミクスの理論開発とその応用を目的とし、光による非平衡過程を利用した新奇な生体模倣型ナノ光エンジニアリングの原理開拓を目指している。このような研究のツールとして、レーザー照射下での光圧と多粒子相互作用、ならびに溶媒分子からのランダムな衝突に由来する熱揺らぎの効果を取り入れてナノ粒子集団の集団運動を時間領域で評価する「光誘起力ナノ動力学法(LNDM)」 や、エネルギー領域で安定・準安定状態を評価する「光誘起力ナノメトロポリス法(LNMM)」を開発して来た(1)。また、これらの新理論により、金属ナノ粒子集団の秩序構造形成と光学応答の大幅な変調効果が得られることを理論的に予言していた。一方、自然界の生体ナノ構造に注目すると、分子間の選択的結合(分子認識)により相互作用ポテンシャルの時空間構造を変化させて「熱揺らぎ」の効果を巧みに利用して多様な機能を発現している。
このことから着想を得て、上記理論手法を基礎とし、分子認識の光制御を取扱うための「光誘導分子認識メトロポリス法(LMRM)」の基礎構築と実験的検証を行った[2]。図1はナノ粒子表面に修飾されたプローブDNAと自由に浮遊するターゲットDNAの二重鎖結合を対象とした成果の一例である。DNAの塩基配列が一致した時(Complementary)のみ、レーザー照射下で二重鎖形成が選択的に加速されナノ粒子がマクロな集合体を形成して光圧によりトラップされる可能性を示した。さらに、実験的には、光圧でトラップされた集合体が熱源となって生じた光誘起対流が集合化を加速し、わずか2~3分でサブmmオーダーのマクロな構造形成に成功した。この現象のトリガーとなるターゲットDNAはわずかゼプトモル(数百個)オーダーであり、DNAの迅速・高感度検出に利用できる。本成果は光圧と光誘起対流の相乗効果を利用した生化学反応の「光誘導加速」の先駆けとなるものであり、食品の産地検査、遺伝子検査のような医療応用など、幅広い社会的課題の解決への貢献が期待される。
(1) T. Iida, J. Phys. Chem. Lett., 2012, 332-336; M. Tamura, T. Iida, Appl. Phys. Lett., 2015, 107, 261105(1-5).
(2) T. Iida, Y. Nishimura, M. Tamura, K. Nishida, S. Ito, S. Tokonami, Scientific Reports, 2016, 6, 37768(1-9).
2017.12.20 共鳴光マニピュレーションの効果的アシストに向けた対流による物質輸送メカニズムの解明
図1 金ナノ粒子の光熱変換に誘起される熱
伊都 将司
(計画研究A02班:大阪大学基礎工学研究科)
我々のグループでは、物質の誘電率や吸収係数などを種々の外部刺激によって変化させることで、光マニピュレーションの自由度向上を図る研究を展開している。共鳴吸収は光の運動量を共鳴的に物質に転写可能であるため、強い光圧発生には有効である反面、吸収した光エネルギーの一部は熱に変換される。特に金属ナノ粒子の局在プラズモン共鳴は、近接場において極めて大きな光アンテナ効果を示すため、ナノスケールの光マニピュレーションを実現するための鍵となると考えられているが、一方でナノ粒子周囲での局所的温度上昇が顕著な系であり、この局所的温度変化により熱対流および熱泳動などの物質輸送が誘起される。光マニピュレーションにおいては、この光熱変換がマニピュレーションをアシストする・あるいは阻害することが予想され、熱誘起の物質輸送を定量的に評価し制御することは、精密な光ナノマニピュレーション実現には必須の課題である。
そこで我々は、金ナノ粒子を光励起した際に誘起される熱対流について、実験および数値計算の両面から物質輸送におけるその寄与を評価した(1)。水中の単一金ナノ粒子(直径 150 nm)を波長532 nmの集光レーザーで加熱したところ、照射レーザー強度によってはnm-µmスケールの微小バブルが生成し、それに伴い対流が観測された。実験結果を解析するために、温度場および流れ場の数値シミュレーションを行った。実験と計算結果の比較から、単一ナノ粒子の加熱によって起こる対流では、マランゴニ対流の寄与が自然対流のそれよりも数十倍程度大きいことが示された。光熱変換による微小バブルの形成とミクロ対流駆動に対し、実験結果を良く説明する計算モデルを構築することに成功した。得られた知見は、熱対流との協奏による高効率光マニピュレーションや、対流フリーな光マニピュレーションにつながると期待される。
(1) K. Setoura, S. Ito, H. Miyasaka, Nanoscale, 2017, 9, 719-730.
2017.11.30 カーボンナノチューブ機械共振器による光圧の直接計測
図1 PSビーズを先端に取り付けたCNT機械共振器(a)と、PSビーズに働く光圧の力勾配の分布(b)。
秋田 成司
(計画研究A01班:大阪府立大学工学研究科)
カーボンナノチューブ(CNT)は、優れた機械共振特性とそれ自身が10-15g以下と極めて軽量であることから
10-21gオーダーの質量計測の可能な超高感度な力センサとして用いることが出来る。この高感度力センサを用い、光ピンセットによる生体試料の計測に広く用いられているポリスチレン(PS)ビーズに働く光圧の分布の直接計測を行った(1)。これまではPS粒子に働く力の計測は主に液中で解析されてきたが、本新学術領域研究ではCNT機械共振器を用いて真空中における測定を目指した。
これを実現するためにはCNTの先端へのPSビーズの再現性の良い取り付け方法が重要となる。本研究では光学顕微鏡観察下においてレーザによりCNTを加熱しマイクロマニピュレーションにより大気中でCNT先端へのPSビーズの溶着をおこなった(図1a)。PSビーズの直径は約3ミクロンである。CNT機械共振器の共振周波数の変化から求めたPSビーズの質量は13x10-12gとなった。これは直径と密度から求めた質量とほぼ等しい。このことから、CNT先端にCNTよりも数桁重い粒子を取り付けてもCNTは機械的バネ共振器として動作することが確認できた。
ポリスチレンビーズ働く光圧の力勾配の空間分布を光の焦点位置を移動することで計測した。焦点位置で光強度を変化し、測定限界を調べたところ熱雑音限界に近い0.02pN/μmという感度で測定可能であった。光誘起の熱効果を抑制するために、光強度は通常液中で使われる強度よりも小さい100 μWとした。図1bに焦点深さ方向の力勾配分布を示す。測定した結果は理論計算による予測とよく一致している。本方法は極低温・超高真空といった熱や粘性の擾乱の極めて少ない理想的な環境下で容易に移行できるため、より微少な光圧の力勾配計測へ進展することが期待できる。
(1) M. Yasuda et al., Scientific Reports, 2017, 7, 2825.
2017.11.16 超流動ヘリウム中におけるZnO微小球の作製と内部構造
図1 FIBによって切断したZnOミクロン球の走査電子顕微鏡像(a), (c)(横棒は各々1μmに対応)と、各々の発光スペクトル(b), (d)。(b)にはWGMが見られた。そのモード数も示す。
芦田 昌明
(計画研究 A02班:大阪大学大学院基礎工学研究科)
光の波長より大きな径を有する球や円環構造はWhispering Gallery Mode (WGM)をもつ光共振器として動作する。特に、半導体マイクロ球は光共振器特性に加え、自身も発光するため、微小レーザーなど多くの応用が期待される。しかし、WGMに必要な高い真球性と良好な発光特性に求められる高い結晶性の両立は難しい。結晶はへき開面を有するからである。特に、ZnOなど異方性を有する半導体の真球形状化は困難と思われてきた。我々は超流動ヘリウム中で物質に高強度レーザーを照射して融液を生じさせることにより、サブミクロンサイズの真球形状を有する単結晶の作製に成功した。また、ミクロンサイズの真球状粒子においては、低閾値のレーザー発振も見出した(1)。この手法では、同時に数多くのナノ粒子も作製されている。
本新学術領域では、極低温かつ粘性の小さな超流動ヘリウム中において、光圧によってこういった微粒子の運動制御を行う実験を進めている。その際、粒子の内部構造を明らかとしておく必要がある。そこで、透過電子顕微鏡では観測できない、直径がミクロン以上の粒子について、集束イオンビーム(FIB)によって切断することで粒子の内部を観測する実験を行っている。図1はその例である(2)。図1(a), (c)どちらの微小球内部にも空隙が観測された。空隙が小さい(a)が示す発光スペクトル(b)には、点線で示すようにWGMが明瞭に観測され、光学応答への影響は大きくないことがわかる。一方、球殻構造に近い(c)の発光スペクトル(d)には、WGMは明瞭には観測されなかった。
(1) S. Okamoto, M. A. et al., Sci. Rep., 2014, 4, 5186.
(2) Y. Minowa, Y. Oguni, M. A., Opt. Exp., 2017, 25, 10449.
2017.11.13 光熱効果の影響を除去した光圧の高感度・高分解能測定
図1 金薄膜表面の(a)ヘテロダインFM法と(b)ヘテロダインAM法による光誘起力像。
菅原 康弘
(計画研究 A01班:大阪大学大学院工学研究科)
高い力検出感度と高い空間分解能を持つ原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、表面に存在するナノ物質を確認しながら、ナノ物質に働く光圧(光誘起力)を高感度・高分解能に測定することを計画している。強度変調したレーザ光をナノ物質に照射し、探針(カンチレバー)に働く力の変調成分を測定する方法では、ナノ物質とAFMの探針の両方にレーザ光が照射されてしまうため、光誘起力だけでなく、光熱効果によるカンチレバーの熱振動によるみかけの力も一緒に検出されてしまう。そのため、光熱効果による見かけの力をと光誘起力を分離測定する方法の開発が必要不可欠である。
新学術領域研究において、我々の研究グループは、光誘起力だけを分離測定する方法として、ヘテロダイン技術(周波数変換技術)と振幅変調(AM)法に基づく方法(ヘテロダインAM法)を提案し、光熱効果による見かけの力を除去できることを実証してきた(1)。この方法では、カンチレバーの2次の共振モードの振動振幅を検出するが、そのばね定数が大きいため、光誘起力に対する検出感度が十分でないという問題点があった。そこで、新たな方法として、ヘテロダイン技術と周波数変調(FM)法に基づく方法(ヘテロダインFM法)を提案した。この方法では、カンチレバーの1次の共振モードの周波数シフトを検出し、ばね定数が小さい1次の共振モードを利用するため、光誘起力に対する検出感度が向上する。また、FM法を用いるため、AM法に比較して検出感度が向上するという利点がある。図1(a)と1(b)は、それぞれ、ヘテロダインFM法とヘテロダインAM法を用いて測定した金薄膜表面に対する光誘起力像である。ヘテロダインFM法を用いることにより、表面の光誘起力の分布を10nmの空間分解能で明瞭に観察できることが分かった。今後は、ナノ物質として量子準位を有する量子ドットを取り上げ、光誘起力の波長依存性等を測定する予定である。
(1) J. Yamanishi, Y. Naitoh, Y. J. Li and Y. Sugawara, Appl. Phys. Lett., 2017, 110, 123102.
2017.11.12 半導体量子ドットの気相中への分散・孤立化
図1 実験装置
熊倉 光孝
(計画研究 A02班:福井大学学術研究院工学系部門)
数nmサイズの微粒子である半導体量子ドットは、光学特性がサイズや表面状態によって変化することが知られている。化学的結晶成長法などによって生成される多くの量子ドットには、様々なサイズ・光学特性を持つ粒子が混在しており、その中から特定の光学特性を持つ粒子だけを選別・集積化することができれば、高い効率やコヒーレンスにもとづく新しい光学素子への応用が期待できる。本新学術領域では、光圧を利用することによってナノ粒子の光学特性に直接アクセスし、特定の性質を持つ粒子を選別・構造化することを目指している。本研究では、特に量子ドットの気相中への分散・孤立化を実現し、単一量子ドットの本来の光学特性を探るとともに、光圧を利用して量子ドットの選別を行うことを目標としている。
量子ドットを破壊せずに単一粒子として気相中に分散させるために、本研究では量子ドットを含む溶液を液滴として気相中に分散し、液滴から溶媒を蒸発させる手法の開発を試みている。試料はCdSe/ZnS コア-シェル型量子ドットのトルエン溶液で、これを有機溶媒で希釈し、超音波振動子を利用したメッシュ式の噴霧器を用いて粒径5μm程度の液滴として乾燥窒素中に分散させる(図1)。生成した液滴の運動を散乱光のイメージングによって観察するとともに、液滴中の量子ドットの蛍光スペクトルを観測し、量子ドットの状態変化もモニターしている。蒸発した溶媒を液体窒素トラップで除去しながら、50℃程度に容器を加熱するとともにCO2レーザーによる液滴の加熱を行ったところ、約30秒程度で液滴が蒸発することが確認できた。 量子ドットの発光スペクトルにも温度上昇によると考えられる変化が観測されている。
現在、生成する液滴の大きさを数10 nm程度に小さくし、量子ドットを1個しか含まない液滴を高密度に気相中に生成する装置の開発を進めている。様々なナノ粒子を破壊せず高密度に気相中に分散させることができれば、環境の影響を排除して粒子本来の性質を調べることできるほか、粒子に働く光圧の測定や粒子の操作に適した環境としての利用が期待される。
2017.10.26 円偏光二色性による顕微イメージング
図1 風車型金ナノ構造配列の透過光学像(a,c)と、円偏光二色性像(b,d)(1)。
岡本 裕巳
(計画研究 A02班:分子科学研究所)
ある物質の構造が、それを平面で反転した鏡像体と重ならない構造を持つ時、キラルであるという。多くの分子はキラルな構造を持ち、特に生物を構成する分子のほとんどはキラルである。円偏光二色性は、物質の光吸収が右回り円偏光と左回り円偏光で異なる性質のことで、キラルな物質は円偏光二色性を示し、キラルでない物質は示さないという特性がある。このため、円偏光二色性は物質がキラルであるかどうかを判定する目的に、特に液体や溶液試料に対して、広く用いられる。
微細構造を持つ試料の円偏光二色性によるイメージングは、キラル物質の分布、結晶多型や特性変化の研究への利用でも、多くの可能性、発展性が考えられる。ところが円偏光二色性は通常、その信号強度が非常に弱いことが知られ、また固体の試料などで異方性があると、それによる偏光特性の信号が円偏光二色性をかき消してしまう場合がある。そのため、円偏光二色性による顕微イメージング計測は、ごく少数の報告しかない。我々は、試料の異方性の影響を受けにくい円偏光二色性の計測方法を考案し、高精度に円偏光二色性による顕微イメージングを実現する装置を開発した。
これを用いて、テスト試料として電子線描画法で作成した2次元的なキラル金属ナノ構造試料の円偏光二色性イメージングを行った。その結果、円偏光二色性による光学像が感度よく得られることが明らかとなった。興味深いのは、円偏光二色性像が、見かけ上、光の回折限界を超える高空間分解能で得られたことである。これはおそらく、円偏光二色性が、通常の強度信号と異なり、正負の両極の信号を与えることによっていると考えられる。この装置はサブμm程度までの微細な構造を持つ試料の円偏光二色性による顕微イメージングが可能で、光圧操作によって作成された結晶やナノ・マイクロ構造体のキャラクタリゼーションに有効に用いられると期待している。
(1) T. Narushima, H. Okamoto, Sci. Rep., 2016, 6, 35731.
(2) 岡本、成島、特開2017-120255.
2017.09.30 微粒子集合による同期的発光のデザイン
図1 分散分子系の超蛍光のイメージ。(a) 単に真空中に分子が分散している系。各粒子は離れているためそれぞれが発光しているのみ。(b) 誘電体球に配置され、その共振器モードで十分離れた粒子も相関し合い、指向性のある超蛍光が発生する。
図2 蛍光強度の時間変化。粒子数Nは20から200。I1とτはN=1のときの強度とパルス長。超蛍光特有の時間特性が現れている。挿入図は真空中の場合で、協同現象特有の特性は見えない。
石原 一
(計画研究A01班:大阪府立大学大学院工学研究科)
通常、光マニピュレーションでは、光の散乱や吸収などの物質の基本的な線形光学応答を通して生じる光圧を利用する。一方、物質の光学応答には線形応答を超えた多様な光励起や光放出過程があり、これらを利用すれば、従来にない高自由度な運動操作を実現できると期待される。例えば、基底状態と励起状態の占有確率が反転した粒子に光照射すると誘導放出が生じるが、この際、吸収・放出される光子を含めた運動量保存のため、粒子には光源側へ引き寄せられるという新たな力学作用が生じる(1)。このような例から、光励起・放出過程の多様性を高めることにより、力学作用がさらに高自由度にデザインできること期待される。
本研究では、上記のことを念頭に、任意の幾何学的配置を取る分子集団の同期的発光現象が記述できる理論を新たに構築し、分散分子系の超蛍光のデモンストレーションを行った(2)。分子集団の占有確率が反転すると分極間の相関のため、指向性を持ったコヒーレント光である超蛍光が発生することが知られている。この現象を利用して、光励起・放出過程を制御すれば、従来にない光圧操作が実現する可能性がある。本研究では任意の幾何学的配置にある発光体の同期現象が記述できる本理論を応用し、誘電体球上に散布された分子の同期的発光を調べた。その結果、光波長を超えた空間範囲にまで広がった分子集団においても分子間の相関のため極めて有意な超蛍光現象が現れることが分かった (図1, 2)。
上記の結果は、光モード構造を含めた環境条件と分子の配置によって、超蛍光が多彩にデザインできることを初めて示したものである。今後、このような機構を利用して、入射光との単純な運動量の交換を超えた新奇な力学作用を実現して光マニピュレーションの自由度を高め、また物質の多自由度性と光圧の関係を明らかにしていく。
(1) T. Kudo and H. Ishihara, Phys. Rev. Lett., 2012, 109, 087402
(2) N. Yokoshi, K. Odagiri, A. Ishikawa, H. Ishihara, Phys. Rev. Lett., 2017, 118, 203601
2017.09.29 ノンプラズモニックNASSCA光ピンセット
NASSCA光ピンセットの概念図と補足の実例
坪井 泰之
(計画研究A04班:大阪市立大学大学院理学研究科)
私たちはプラズモン増強光電場をナノ物質の空間捕捉と操作に応用する「プラズモン光マニピュレーション」に関する研究を展開してきた(1)。しかし、ナノ物質や分子の安定な捕捉・操作を目指せば、超えるべきハードル低くない。それは、プラズモン励起に必ず伴う局所的な発熱であり、照射領域にはΔT ~ 1 K /m もの巨大な温度勾配が発生することがわかった。この巨大温度勾配は、Soret効果(熱泳動)を生み、安定な光捕捉を妨げる。さらに、高い光電場増強機能を持つ貴金属ナノギャップ構造の作製が難しく、安価、高速、大面積にナノギャップ構造を作製するのは絶望的に近い状況であった。
これらの問題を突破するブレークスルーを目指し、私たちは、ナノニードルが集積した表面構造を有するケイ素結晶板(=ブラックシリコン)に着目した。このナノ構造はシリコンウエハ(市販品)をドライエッチングするだけで、簡単に加工できる。高速に、安価に、大面積に、という要求を完全に満たす。このブラックシリコンではナノニードルのため屈折率の急勾配が発生し、反射率を著しく低下させ、加えて散乱効率の増大により、一種の“光閉じ込め増強効果”を有する。またシリコンの実励起を必要としないため、広い範囲の波長の光を利用でき(ブロードバンド)、サーマルフリーである。
実験では、水に分散した蛍光染色ポリスチレンビーズ(d=500 nm)を捕捉対象とした。この分散液をブラックシリコン基板とカバーガラスで挟み、試料セルとした。捕捉には808 nm のレーザーを用いた。暗視野蛍光画像並びに蛍光スペクトル測定により、ビーズのミクロな運動を詳細に解析した。捕捉用レーザービームの光強度(I)を徐々に高くしていくと、I= 30 kW/cm2付近でビーズの安定な捕捉が確認された(=図)。ブラックシリコン基板がない状態や、ブラックシリコン基板を平滑なガラス基板に置き替えて同様の光捕捉を試みたところ、I= 800 kW/cm2以上でも光捕捉されなかった。これより、ブラックシリコン基板が光捕捉を強力に支援することが明らかとなった。私たちは、この新しいタイプの光ピンセットをNano-Structured SemiConductor-Assisted(NASSCA)光ピンセットと呼んでいる(2)。さらに、捕捉された粒子の軌跡を追跡し、捕捉の“強さ”(stiffness)を評価し、捕捉の力の定数を求めたところ、70 pN/(nm W) であった。この値は、プラズモン光ピンセットよりも数倍以上大きい。このように、NASSCA光ピンセットは、プラズモン光ピンセットをも凌ぐ、新しいタイプの光ピンセットになる可能性を秘めいている。
(1) 東海林竜也, 坪井泰之, 応用物理, 2017, 86, 1, 45-49.
(2) T. Shoji et al. & Y. Tsuboi, Sci. Rep., 2017, 7, 12298.
2017.09.18 光圧によるアミロイド線維の人工作製
図1 光圧による生成したアミロイド線維
杉山 輝樹
(計画A04班:奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科)
アミロイド線維はタンパク質が規則的に連なった集合体であり、その人体内での沈着は様々な疾患に関与している。アミロイド線維と関連のある疾患の治療や予防法を開発するには、その生成メカニズムを理解することが不可欠である。しかしながら、これまでアミロイドの生成場所と時間を予期したり、制御したりすることは不可能とされており、これがアミロイド線維の生成メカニズムを解明するうえで障壁となっていた。本研究の成果は、こうした研究の障壁をなくし、様々な疾病の原因となるアミロイド線維の生成メカニズム解明につながると期待される。
本研究では、集光レーザービームの光圧を駆使し、心臓に多く存在するタンパク質であるシトクロムcの複合体を溶液中で集光点に局所的に集め、球状のアミロイド線維凝集体を狙い通りの場所に人工的に作製することに成功した。この球状生成物はアミロイド線維の存在を示す色素マーカーであるチオフラビンT存在下で非常に強い蛍光を示した。また、この球状凝集体を超音波処理によってほどくと、アミロイドに特徴的な線維構造を透過型電子顕微鏡によって確認できた(図1)。これらの結果は、球状生成物がアミロイド線維の凝集体であることを示している。以上、本研究結果は光圧による空間制御的な分子濃縮により実現されており、まさに本領域成果の到達点の一つであると考えられる。
今後は、本手法がさらに多くの種類のタンパク質に対して有効であることを示し、より多くの疾患のメカニズムの解明など、深奥な学理の探求と体系化を目指す。また、アミロイド線維を空間的に自由自在に配列することにより、望む場所、望む時間に、望む新しい機能を付与することが可能となり、これによりアミロイド線維の新しい科学・工学を切り拓きたい。
(1) K. Yuyama et al., Angew. Chem., Int. Ed., 2017, 56, 6739.
2017.09.07 組成と形状を制御した低毒性ZAIS量子ドットの光機能
図1 ZAIS量子ドットの発光(a)と、形状に依存した水素発生反応の光触媒活性(b)。
鳥本 司
(計画研究A04班:名古屋大学大学院工学研究科)
半導体量子ドットは、自在に制御できる光学特性を利用して、表示デバイス、発光素子、さらに生体分子マーカーへの利用が精力的に進められている。本新学術領域でも、光圧によるマニピュレーションの対象物質として数多く利用されている。現在は、CdSeやCdTeなどのII-VI族化合物半導体量子ドットが主な研究対象であるが、その高い毒性のために広範囲な利用は困難であり、代替材料の開発が急務となっている。私たちは、高毒性元素を含まない量子ドットの開発を目指して、I-III-VI族半導体であるAgInS2とZnSとの固溶体半導体(ZAIS)に着目した。この材料を数ナノメートルまでサイズを小さくして球状量子ドットとすると、高効率で可視光発光し(量子効率は最大で約80%)、さらにその発光色は粒子サイズ・組成を変化させることで自在に制御できた(1)。
本新学術領域では、さらにその合成条件を精密に制御し、ロッド形状あるいはライス形状などの形状異方性をもつZAIS量子ドットを作製した(図1)(2)。このZAIS量子ドットを光触媒として用いて水素発生反応を行うと、いずれも効果的な光触媒として作用し、水素発生量が光照射とともに直線的に増加した。一方で光触媒活性は粒子組成と形状に大きく依存し、2.6 eVのエネルギーギャップをもつロッド形状ZAIS量子ドットが最も高い光触媒活性を示した。現在、光マニピュレーション技術を利用してZAIS量子ドットを集積化し、得られるナノ構造体の配列規則性と粒子形状との関係を解明するとともに、特異な光化学特性の発現を目指して研究を進めている。
従来の二元量子ドットに対して、多元量子ドットの特徴は、低毒性であることに加えて、電子エネルギー構造が粒子サイズと組成によって二次元的に制御できることにある。これらを利用することで、目的とする機能に合わせた材料設計が可能になる。その重要性は、基礎および応用の両面から、ますます高まっている。
(1) T. Torimoto et al., J. Phys. Chem. C, 2015, 119, 24740.
(2) T. Torimoto et al., ACS Appl. Mater. Interface 2016, 8, 27151.